フィフィ            1976年Egypt生まれ            趣味:占い、執筆            特技:アフレコ、ナレーション            所属事務所:プラチカ


by fifi2121

【ワーキングプア】罪と罰【感想】

さっきテレビでやってた『ワーキングプア』の特集を見て胸が締め付けられるくらいの悔しさと制度に対する腹立たしさと将来に対する不安と、問題に対して何も出来ない自分に対する苛立ちを感じた。
 先進国と言われる日本の国民に経済的格差が生じて一部の富裕層の為に回ってる社会が出来上がって、少数派だった貧困層が拡大してゆき、もはや大多数と言っても過言ではなくなり、そのせいで経済的な問題だけにとどまらず、それらが社会の治安問題にまで発展している。まずこれらの影響を直に受けるのがお年寄り、女性、母子家庭・父子家庭、子供達などの弱者で、たとえ生活保護制度が存在していても、全ての財産を失わなければ保護を受けられないという条件のあり方に問題定義をしている。全ての財産を放棄することは人間の尊厳という意味において行ってよいものか疑問である。なけなしの財産までもを捨ててまで生活保護を受ける事は自立を放棄することであるので自らそれを望まず、貧しい生活を虐げられているお年寄りが増えている。『貧乏人は早く死ねということですか?』印象的な言葉であった。
 このような弱者にしわ寄せがくるだけでなく、深刻なのはこれからの将来を背負って立つ若者達の雇用条件が悪化している事である。働いている若者達ですら満足な賃金を受けられていないのが現状、将来に夢も希望もなくほぼ日暮し、その日生きる為に働くのが精一杯、そこに何か支障が出れば食べていけなくなるのである。『私みたいな人間が負け犬と呼ばれるんですか?』父が病気で臥せる前まではゲーム会社に働く事を夢見ていた女性は朝5時半に出勤して八時間労働、月8万を調理師で稼ぐ。
 母体である女性達にストレスを与える社会はとどまる事を知らない。これから結婚して幸せな家庭を築きたいなんて夢は社会の現実を目の当たりにして不安へと変る。例えば保育園の待機児童増大で、共働きでしか養って行けない家庭も少なくないのに女性が働く環境が備わっていないなど、日本の女性に対する雇用環境は最悪である。職場選択でますます核家族が増えている今、女性が頼る場もなく独りで子育てと向き合っている状況を多く見受けるが、独りで子育てする事ほど危険なものは無い、女性が母親とは別に自分の時間を作り、自分らしさを楽しむ時間を持つことが出来ない、児童虐待が止まない原因の一つなのかもしれない。これらが悪循環に働き夫婦間にも危機をもたらす。離婚率の増大、母子・父子家庭が増える一方で生活苦で満足な育児環境を整えてやれない親が増えているのが深刻だ。それらの問題は子供達の社会にまで影響を及ぼし子供達の間で格差を生み出している。
 今の学校では勉強が出来ても家庭の経済的理由から学業を続けられない子供達が少なくないと言う。進学を諦めなければならい現状、将来のある子供達の才能を芽を摘んでしまっている社会の歪に怒りがこみ上げる。本当はどれだけでも続けさせてあげたいのに…『いいよ、あきらめるから』弁護士になりたいなんて、思わず口にしてしまった中学生の彼がそういって黙った。彼は父子家庭で、彼の母は幼い時に病気で他界、今は父が三軒のガソリンスタンドで深夜までアルバイトしながら2人の息子を育てている。
 この後、経済的な理由や児童虐待などの理由で親に育てられない子供達の施設が紹介された。ここに居られるのは高校を卒業するまで、果たして社会へ出てもそこに夢と希望を持てる世界が広がっているのだろうか?未来が霞んでゆくこの国の現状に私達は何ができるだろうか? あ、かつて読んだロシアのドストエフスキーによって書かれた長編小説『罪と罰』はこの社会の歪を小説の中でみごとに再現している。1860年代に書かれたこの作品が指摘する社会問題の根源はきっと今の日本をじわじわと侵している社会問題と通ずる何かを持つのだと改めて思うのであった。まさに今だから読むべき一冊なのかもしれない。
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by fifi2121 | 2007-12-11 00:42